「世界最高水準のカジノIR」「観光立国」「地域経済活性化」—
政府が掲げた日本版IRカジノ構想は、コロナ禍により投資規模も収益性も開業時期も大きく後退してしまった。
世界中がニューノーマルという新しい生活様式、行動様式に移行している中で、箱モノに多くの人を集め、3密のテーブルでカジノに興じる。そんなリアルなカジノモデルが果たして成功するのか。
2018年のIR整備法成立以降、パチンコ業界にも依存症対策への取り組みや遊技機規制などをもたらしたカジノ誘致の是非がいま改めて問われようとしている。
新型コロナウイルス感染症の影響が直撃したカジノIR事業。渡航制限や施設の休業により、名だたる世界のカジノ業者の業績はかつてないほどの落ち込みを見せた。箱モノに多くの人を集め、対面で行われるカジノのビジネスモデルは崩壊の危機に立たされている。
昨年5月、日本IR市場からの撤退を表明した米カジノ大手「ラスベガス・サンズ」。10月にはラスベガスのカジノを60億ドル(約6300億円)以上で売却を検討していることをブルームバーグ通信が報じた。
2020年12月31日締め第4四半期の同社の決算は、純収益11.5億ドル(約1208億円)で前年同期比67.3%減。また、2019年第4四半期の「純利益」が7億8300万ドル(約822億円)であったのに対し、3億7600万ドル(約395億円)の「純損失」となった。
こうした業績悪化は海外カジノ事業者すべてに重くのしかかかっている。
図表は海外IR事業大手6社の第3四半期をまとめたものである。
コロナが広がり始めた1月〜3月から対前年比マイナス傾向となっている。そして、パンデミックの最中である4〜6月には施設の休業や渡航制限により前年比90%を超える大幅なダウンとなった。
また、調整後EBITDA(利払い前、税引き前、償却前の利益)は各社が赤字に転落。特に米大手3社のサンズ、MGM、ウィンはそれぞれ3カ月間で約584億円、約525億円、約345億円のマイナスを計上している。
第3四半期(7月〜9月)は4〜6月に比べると売上、EBITDA、営業利益のいずれも回復傾向にあるが、「これは単に休業していた施設を再開したことによるもので、客足が回復してきたということではない」(キャピタル&イノベーション小池隆由社長)という。
実際、EBITDAや営業利益の赤字は続き、対前年比の大幅なマイナスも目立つ。そして、全社の業績が出そろっていないため、この表には第4四半期は載せていないが、「コロナの影響は10月〜12月も続いており、各社の業績は決して改善されてはいない」(同)と指摘する。
2019年の主要各国のカジノ市場(推定GGR)は米国が約8.3兆円、マカオが約3.9兆円、シンガポールが約5000億円、オーストラリアとフィリピンがそれぞれ4500億円、韓国が約2800億円だった。その巨大なカジノ市場がコロナによって一気に吹き飛んだことになる。
4月に売上高がほとんどゼロになった大手6社は人件費などの固定費だけが流出。月間の資金流出額は施設数が少ない事業者で約100億円、施設数が多いMGMは300億円ほどに上ったと推定されている。
6月に入り、米国では8割の施設が再開したが、カジノオペレーションに厳しい規制が課せられた。
カジノフロアの稼働率をキャパシティの50%以下(25%以下の州も)、ソーシャルディスタンスの確保、パーテーションの設置、マスクの着用などである。一方、マカオも再開したものの、政府による入境制限などにより顧客がほとんどいない状況が続く。
国際格付機関のフィッチ・レーティングスは6月、米国とマカオのカジノ産業の回復見通しを発表。「米国の回復はスローで2019年の水準に戻るまでには3年はかかるだろう」と指摘する一方、「マカオについては渡航制限が緩和されれば回復は相対的に早い」とし、「マカオは2020年に前年比50%減、21年に同70%増」と予測した。
しかし、今年2月に公表されたマカオにおける昨年1月から12月のカジノ事業の累計収益は、そうした予測をはるかに下回り604.4億パタカ(約7773億円)で79.3%減少した。
こうした海外カジノ事業者の経営悪化は、日本におけるIR申請スケジュールの延期を促しただけでなく、開発投資規模の引き下げや基本構想などの見直しにもつながる可能性が高い。それでも「世界最高水準のIR(カジノ)を目指す」と公言する日本政府や地域経済の活性化を目論む自治体は、「コロナが収束すれば、カジノ市場が元のように回復する」という不確実性に賭けることになる。
林文子市長の下でIRカジノの誘致を表明している横浜市。今年1月21日に事業者公募を開始、2月には1事業者が資格審査を通過した。
しかし、地域住民による反対の声は根強く、誘致の行方は今夏に持ち越された。
「ヨコハマにカジノはいらない」— 北風にたなびく数本ののぼり旗と「横浜カジノ反対」と大書された黄色地の横断幕。カジノ誘致に反対し、全力で阻止しようと横浜市民有志で組織された「カジノ誘致反対横浜連絡会」のメンバーが横浜市庁舎前で声を上げた。
同連絡会によるこうしたスタンディング活動は2月だけでも4回行われている。
前回(2017年夏)の市長選で林文子市長は「IR誘致は白紙」を掲げて3選を果たした。しかし、2019年8月に一転して誘致を表明した。
市長選の公約で林市長はIR誘致に関して「市会や市民の意見を踏まえた上で方向性を決める」と掲げていたため、誘致表明後の市会では議員から「公約違反ではないのか」「選挙で信を問わずに、なぜ勝手に決めるのか」などと追及を受け、「カジノ誘致を掲げ出直し市長選をすべきだ」と迫られた。
これに対して林市長は「市会や経済界、市民の意見を聞いた上で判断した。(出直し市長選の)必要はない」と反論した。
この言動に怒りをあらわにしたのが誘致に反対する市民である。誘致表明後に行われた市議選でもIR誘致を表明して当選した候補者はおらず、有権者である市民からすれば、「選挙に不利になるIR誘致を隠してあざとく当選した」ということになる。実際、地元紙である神奈川新聞のアンケートでも反対派(「強く反対」「どちからと言えば反対」)が64%に達している。
IR誘致を表明すれば選挙で不利になる可能性は高い。
そして、冒頭の連絡会などが中心となって「カジノの是非を決める横浜市民の会」が結成され、コロナ禍にもかかわらず行動を起こした。それが「IRカジノ誘致の是非を問う住民投票条例直接請求署名」である。
これは「カジノ誘致の是非を問う」住民投票条例の制定を求めるもので、街頭での署名としては異例となる19万3193筆が集まった。
同連絡会で共同代表を務める慶大名誉教授・弁護士の小林節氏がいう。
「地方自治法の74条に『選挙権を有する者は、政令の定めるところにより、その総数の50分の1以上の者の連署をもって、その代表者から地方公共団体の長に対し、条例の制定または改廃の請求をすることができる』とあります。312万人強の横浜市であれば6万3000人の署名が集まればいいのですが、その3倍以上の署名が集まった。これは港町横浜を賭博の街にしようとする愚策に対する怒りと、市民の意思を無視する市政に対する住民自治のうねりです」
しかし、住民投票条例案は1月6日〜8日に開催された臨時理事会で自民・公明の反対で否決された。
20万票近く集めた署名に対し林市長らカジノ誘致派は「代表民主制が機能しているから住民投票はしない」「条例案に意義を見出せない」といった見解を語り、中には「市民に判断を委ねる問題ではない」「署名活動を先導した人たちが、市長や私たちを悪者にするために(署名を)やった」と強弁する自民党議員もいた。
前出の小林氏がいう。
「そもそも民意を代表していない市長と市議がIR誘致を進めており、代表民主制が機能していないからこそ私たちは住民投票条例を求めているのです。林市長らの説明とはまったく意見が噛み合っていないのです」
住民投票条例が市会で否決されたことでカジノ誘致の是非は、夏の市長選へと持ち越され、そこでの大きな争点となりそうだ。
横浜市が国にIR事業計画を申請する期間は、2021年10月1日から2022年の4月28日まで。しかし、林市長の任期は8月29日までである。
今夏に行われる市長選で再選されない限り、林市長の下でカジノIR計画を申請することができない(カジノ申請は市長が国に申請する建て付けになっている)。
「今夏の市長選でカジノ反対派の人物を擁立して勝つ。市民運動はその方向で一致しています。もちろん、市長選で勝利しても次回の市議選までは自公多数派によってさまざまな抵抗に遭うでしょう。ですから高いレベルの行政経験に加え、知力と胆力を併せ持つ地元選出の政治家・江田憲司衆院議員(立憲民主党)の出馬を強く求めているところです」(小林氏)
カジノ反対の市長誕生で横浜へのカジノ誘致にストップがかかるのか。
コロナ禍によりカジノのビジネスモデル見直しが進む中、日本最大の政令指定都市では反カジノキャンペーンのうねりが広がっている。