
停止した琉球王国450年の「時間」
沖縄が「琉球」と呼ばれた時代、そこはひとつの王国だった。
琉球王朝が成立したのは1429年である。かつて、現在の沖縄本島とその周辺は「大琉球」、台湾は「小琉球」と呼ばれていた。琉球に日本民族が登場したのは縄文の時代である。王朝成立の約100年後に首里王府が編纂した歌集『おもろさうし』は、「琉球の万葉集」ともいわれる。民俗学者の伊波普猷(いは・ふゆう)はその著『古琉球』で、沖縄の文化と生活、民族と政治の詳細を研究し、「沖縄学」を創始した。
琉球はその後、長い年月を経たのちに、薩摩侵攻から黒船来航、明治政府の廃藩置県、そして琉球処分により1879年に「沖縄」と改名される。沖縄県誕生と同時に王統は終焉し、450年の歴史を刻んだ琉球王国の時間が止まった。
当時、中国との交易を目的として薩摩と徳川幕府に利用されるだけの「孤島」となった沖縄は、琉球の古語「しまちゃび」を連想させるやりきれない響きと〝祈り〟が支配していた。常に他国の誰かが支配する沖縄は、豊かさを奪われ、貧しく不便な生活が全土を覆っていた。
大東亜戦争で悲惨な戦禍に苛まれた沖縄は、1945年の敗戦後、米国の統治下に入ることになった。日本への復帰は1972年5月15日だが、以降も米軍が駐留し続け、日米地位協定は実質的な「免罪符のジョーカー」として、いまだに〝半・占領状態〟が続いている。日本国家の司法と行政が機能しない〝復帰〟は、本当の返還とはいえないからである。
戦後日本は、半占領状態が続く沖縄を置き去りにしたまま、その苦難を意識もせずに、高度成長とその後の繁栄を本土だけで謳歌してきた。
仲間から忘れられる恐怖と悔しさは、己れに対する尊厳と自信を根こそぎ崩れさせる。日本は、明治政府の時代に琉球を強引に日本に組み込んだにも関わらず、その後も沖縄を貧しいまま放置して、忘れ続けてきたのである。 人々に忘れられていたものが意識され始めるのは、「不幸」がきっかけになる場合が多い。沖縄は、「ひめゆりの塔」と「米軍占領」、そして「米軍による事件・事故」が、その存在を意識されるきっかけだった。「コザ暴動」、さらにその後の「米兵女児暴行事件」や「ヘリ墜落事故」…。在沖米軍の度重なる不祥事が、皮肉にも沖縄を本土に想起させるきっかけとなったのである。
琉球はその後、長い年月を経たのちに、薩摩侵攻から黒船来航、明治政府の廃藩置県、そして琉球処分により1879年に「沖縄」と改名される。沖縄県誕生と同時に王統は終焉し、450年の歴史を刻んだ琉球王国の時間が止まった。
当時、中国との交易を目的として薩摩と徳川幕府に利用されるだけの「孤島」となった沖縄は、琉球の古語「しまちゃび」を連想させるやりきれない響きと〝祈り〟が支配していた。常に他国の誰かが支配する沖縄は、豊かさを奪われ、貧しく不便な生活が全土を覆っていた。
大東亜戦争で悲惨な戦禍に苛まれた沖縄は、1945年の敗戦後、米国の統治下に入ることになった。日本への復帰は1972年5月15日だが、以降も米軍が駐留し続け、日米地位協定は実質的な「免罪符のジョーカー」として、いまだに〝半・占領状態〟が続いている。日本国家の司法と行政が機能しない〝復帰〟は、本当の返還とはいえないからである。
戦後日本は、半占領状態が続く沖縄を置き去りにしたまま、その苦難を意識もせずに、高度成長とその後の繁栄を本土だけで謳歌してきた。
仲間から忘れられる恐怖と悔しさは、己れに対する尊厳と自信を根こそぎ崩れさせる。日本は、明治政府の時代に琉球を強引に日本に組み込んだにも関わらず、その後も沖縄を貧しいまま放置して、忘れ続けてきたのである。 人々に忘れられていたものが意識され始めるのは、「不幸」がきっかけになる場合が多い。沖縄は、「ひめゆりの塔」と「米軍占領」、そして「米軍による事件・事故」が、その存在を意識されるきっかけだった。「コザ暴動」、さらにその後の「米兵女児暴行事件」や「ヘリ墜落事故」…。在沖米軍の度重なる不祥事が、皮肉にも沖縄を本土に想起させるきっかけとなったのである。



普天間基地の一般開放されている広大なグラウンド。グラウンド入り口の看板には、11時以降の立ち入りは日本の法律によって裁かれるといった御触書があった。
沖縄の地にはめられた“足かせ”
日米安保改定50周年の今年5月、日米新時代を象徴する米軍普天間飛行場の返還協議が最大の山場を迎えようとしている。このタイミングで昨年末に再浮上したのが、以前から地元でも研究が続けられてきた「沖縄カジノ構想」だ。
ラスベガスを抜いて現在世界一のカジノ大国となったマカオは、シンガポールに続いて沖縄にカジノができるとなれば、本音としては身構えるに違いない。知名度もアクセスも不十分な現在の沖縄は、当然、いまのままでは相手にもならないが、沖縄の主要都市部から米軍基地が消え、一国二制度で陸海空のインフラを内外に向けて再整備すれば、沖縄は「世界一のカジノ王国」になる可能性を秘めているからだ。マカオも、中国への返還と一国二制度によるカジノ成功で知名度を上げ、あれだけの規模に成長したのである。
沖縄カジノ構想は、大型のリゾート都市開発に「成長エンジン」としてカジノを組み込もうというものだ。沖縄の自然を吸引力としてカジノに集客し、その収益を都市に還元する」というのがカジノを推進する人々の発想である。
いうまでもないことだが、県民の生活安定と観光立県を目指す沖縄の選択肢は、もちろん「カジノ」だけではない。なぜなら沖縄にはもともと、世界有数の観光地として自立できるに充分な数多の魅力があるからだ。紺碧の空。エメラルドグリーンの海。赤く燃える太陽。海を渡る爽風。常夏の気候。長寿を恵む食文化。伝統芸能エイサーと島唄。そして、サービス精神に富んだ温和で親切な人々ーー。これだけで、すでに沖縄は「世界一の観光地」である。
かつて、東京オリンピックの前後になされたスクラップ&ビルドが、莫大な経済運動と労働市場の活性をもたらしたように、基地さえ消えれば沖縄経済は成長する。陸海空のインフラを整備すれば、沖縄の海と自然が人を呼び込むからだ。一国二制度でアジアにおける日本を重層化すれば、沖縄は「日本の玄関口」「アジアのコアリゾート」「アジアのハブ機能」という3つを併せ持つ一大拠点となるに違いない。
カジノをつくろうが自然を活かそうが、そもそも沖縄が持つ数多の魅力が活かされず経済が伸びないのは、高密度で沖縄の地を占有する米軍基地があるからである。沖縄本島全土に点在する基地、基地、基地……。考え得る全ての都市計画を阻む巨大な図体。この〝足かせ〟がはずれれば、間違いなく沖縄で止まっていた「時間」が動き出す。
ラスベガスを抜いて現在世界一のカジノ大国となったマカオは、シンガポールに続いて沖縄にカジノができるとなれば、本音としては身構えるに違いない。知名度もアクセスも不十分な現在の沖縄は、当然、いまのままでは相手にもならないが、沖縄の主要都市部から米軍基地が消え、一国二制度で陸海空のインフラを内外に向けて再整備すれば、沖縄は「世界一のカジノ王国」になる可能性を秘めているからだ。マカオも、中国への返還と一国二制度によるカジノ成功で知名度を上げ、あれだけの規模に成長したのである。
沖縄カジノ構想は、大型のリゾート都市開発に「成長エンジン」としてカジノを組み込もうというものだ。沖縄の自然を吸引力としてカジノに集客し、その収益を都市に還元する」というのがカジノを推進する人々の発想である。
いうまでもないことだが、県民の生活安定と観光立県を目指す沖縄の選択肢は、もちろん「カジノ」だけではない。なぜなら沖縄にはもともと、世界有数の観光地として自立できるに充分な数多の魅力があるからだ。紺碧の空。エメラルドグリーンの海。赤く燃える太陽。海を渡る爽風。常夏の気候。長寿を恵む食文化。伝統芸能エイサーと島唄。そして、サービス精神に富んだ温和で親切な人々ーー。これだけで、すでに沖縄は「世界一の観光地」である。
かつて、東京オリンピックの前後になされたスクラップ&ビルドが、莫大な経済運動と労働市場の活性をもたらしたように、基地さえ消えれば沖縄経済は成長する。陸海空のインフラを整備すれば、沖縄の海と自然が人を呼び込むからだ。一国二制度でアジアにおける日本を重層化すれば、沖縄は「日本の玄関口」「アジアのコアリゾート」「アジアのハブ機能」という3つを併せ持つ一大拠点となるに違いない。
カジノをつくろうが自然を活かそうが、そもそも沖縄が持つ数多の魅力が活かされず経済が伸びないのは、高密度で沖縄の地を占有する米軍基地があるからである。沖縄本島全土に点在する基地、基地、基地……。考え得る全ての都市計画を阻む巨大な図体。この〝足かせ〟がはずれれば、間違いなく沖縄で止まっていた「時間」が動き出す。


